研究室インタビュー

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研究と実践で空き地の価値を創設

信州大学

佐倉弘祐研究室

佐倉 弘祐 助教

佐倉弘祐研究室の研究内容は実にユニークだ。「近代化の流れのなかでないがしろにされてきたヒト・モノ・コトに焦点を当て、今とこれからの流れを創出する」を大きなテーマとし、さまざまなプロジェクトを展開している。

佐倉 弘祐 助教

佐倉 弘祐 助教

(さくら こうすけ)

1983年 千葉県千葉市生まれ。
2007年 鹿児島大学工学部建築学科卒業。
2010年 鹿児島大学大学院理工学研究科建築学専攻博士前期課程修了。
2015年 千葉大学大学院工学研究科博士課程修了。
2015年-2016年龍谷大学 地域公共人材・政策開発リサーチセンター博士研究員。
2016年- 信州大学学術研究院工学系助教。

空き地を活用する「まち畑」プロジェクト

研究室のメインプロジェクトは長野市で展開する「まち畑」プロジェクトだ。佐倉弘祐先生はプロジェクトの始まりを次のように説明する。「善光寺門前界隈はエリアリノベーションで注目されていますが、それは空き家であって、空き地へのアプローチはありませんでした。そこで私たちの研究室では、善光寺門前界隈でも増加傾向にある空き地に対してどのようなことができるか、考えていくことにしました」佐倉先生は学生時代にスペインに留学し、バレンシア州のコミュニティガーデンの空間デザインについて研究してきた。コミュニティガーデンとは行政ではなく、地域住民が主体となって企画・管理・運営を行う「地域の庭」のことで、公園や農園、庭の機能を持つ。1970年代にニューヨークで始まった運動で、不法投棄などで地域に悪影響を与えている空き地を地域で借り受け、地域住民で空き地に庭や畑をつくり始めたのがきっかけで始まった。ヨーロッパではリーマンショック後に企業所有の土地が数多く放置され、それらの空き地を活かそうと、ヨーロッパ中でコミュニティガーデンの運動が活発に行われたという。佐倉先生はヨーロッパで研究したことを、日本では研究と同時に実践していきたいと考えたという。
「ヨーロッパのコミュニティガーデンはフェンスで囲まれているなど、地域に開けていないことが課題でした。そこで、日本では地域にとけ込んだ新しいコミュニティガーデンのあり方を考えたいと思いました。名前も『まち畑』という造語に変え、畑や庭だけでなく、空き地に合ったプラスアルファの要素を加えることで、地域とのつながりを生みたいと考えたのです」

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空き地と空き家をセットで考える

現在、「新たなつながりを空き地にデザインする」を全体のコンセプトに、善光寺門前界隈の3ヶ所で個性豊かな「まち畑」プロジェクトが進行している。最初に取り組んだ「すけろくガーデン」は、「空き家の減築」と「廃材の利活用」がテーマ。住宅街の奥まった場所にある空き地で、空き家の裏にあったことから、空き家とセットで考えた(図3)。空き家は築120年以上と老朽化が進んでおり、暗く閉されていたことから減築を実施し、光と風を導いた。街路と空き家、裏の空き地までの連続性を生み出すため一部を解体し、通り抜けられる土間を設置。それぞれ隣接する場所の性格に合わせて機能を拡張した。また、減築で生じた廃材はさまざまに利活用した。解体の際に部材をなるべく生かすよう取り出し、床から得た大引は構造の補強材、根太は屋根の垂木に使用。材料の用途のスケールを少し下げることで上手く活用している。部材にならない小さな廃材は炭にし、燃料としてだけでなく、畑に混ぜて土壌改良の肥料にした。鶏小屋も廃材でつくり、瓦は畑の囲いに用いている。学生だけでの実施は難しい部分もあったため外部の協力も得て、2018年6月には4週にわたってワークショップを行った(写真4)。一角にピザ窯を自作し、近隣の人を招いて交流会を行うなど、環境の改善によって庭と建物、近隣との良好な関係が築かれつつある。

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空き地の立地に合った要素を付加する

2017年の夏から始動したのは、フレンチレストラン「ラ・ランコントル」の裏庭にある空き地のプロジェクト(図5)。「とれたて野菜での食の循環」と「地域住民との交流」をテーマとし、フレンチレストランで生じた生ごみをコンポストで堆肥に変え、裏庭の畑で活用。畑で採れた野菜やハーブはレストランで使用し、食の循環を目指している。毎週金曜日の朝は畑作業を行い、その活動内容を発信したところ、地域住民も集まり、畑のアドバイスをもらいながら進めている。観光客も多い通りであるため、デザイン的にも美しい畑を目指し、ウッドデッキやベンチをつくるなど工夫を凝らしている。3つ目のプロジェクト「ヤギのいる庭」は2018年の春から始動し、前述の2つのプロジェクトは学生が主体だが、こちらは佐倉助教が中心で取り組んでいる。「人と動植物の共存」と「ヤギと竹による循環」をテーマとし、ヤギと3世帯でシェアする畑を介して、地域コミュニティの核となるセミパブリックなスペースの創出を目指している。空き地にヤギを飼うようになったきっかけを佐倉助教は次のように説明する。「家の前の空き地を利用して畑をつくったのですが、地域住民との交流を目指しているものの、なかなか人は寄ってきません。空き地の前の道路は『細街路』と呼ばれる車はほとんど通らない道で、子供の通学路やおじいさんの散歩道になっていました。そこで動物を飼ってみたら、変化が起こるのではないかと考えたのです。ヤギは循環動物と言われ、空き地の草を食べてくれ、排泄は畑の肥料となります」ヤギを飼うと、近隣の子供や老人がヤギに会いにくるようになり、畑に詳しい老人はアドバイスをくれるなど、新たな交流が生まれた(写真8)。「動物がいることで遠巻きに見ていた人たちが空き地に入ってくるようになり、予想もしなかった化学変化が起こり始めています。これこそが『まち畑』プロジェクトの狙い。そのためにも立地と関連づけたプラスアルファの要素を付加することが重要になります」今後は、裏山から採れた竹を利用し、デッキや灌漑水路、支柱、ヤギの柵や遊び場などをつくる計画があるという。育ちすぎた竹は燃やして竹炭にし肥料にすることで、裏山の竹藪のメンテナンスにもつながる。「一見つながりがないヤギの竹ですが、両方とも農業と相性がいいのです」と新たな発見もあった。「3カ所の空き地には共通点があります。空き地というより敷地の余白、庭の空いている部分を活用しているのです。確かに空き地であれば何でもできますが、地域の文脈にあっていないものになる可能性がある。敷地の余白であれば、ある程度所有者を特定でき、石碑や水路など昔の痕跡が残っていることも多く、それらを尊重し、所有者の話を聞きながらデザインしていけば、地域の文脈に合った要素を付加することができます。いったん空き地になってしまうと空間の履歴が途切れてしまうので、完全な空き地にしないことが非常に重要なのです。私たちが関わったことで空間の履歴も継承されます」

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都市の縮退のあり方をデザインする

佐倉先生のメインの研究テーマは「都市の縮退のあり方をデザインする」である。「もし私たちが空き家や空き地に対して何もアプローチをしなければ、ある時期一気にそれらが増え、その現象は日本中の地方都市で起こると予想されます。その縮退を少しでも緩やかにしていくことが大事で、『まち畑』プロジェクトはささやかではありますが、縮退の時期をずらすことに寄与すると考えています。私たちの活動によって所有者が更地にするのを留まり、それが5年、10年伸びるだけでも結果は大きく異なります」都市計画の観点から見ると、空き家の改修は都市景観への影響は少ないが、空き地の改修が与えるインパクトは大きい。景観の印象が大きく変わることから、空き地の改修である「まち畑」プロジェクトは大きなポテンシャルを秘めていると話す。

地方都市の商業施設のあり方を考える

2022年度から、研究室全体で取り組んでいるもう一つのプロジェクトが、長野県安曇野市にあるショッピングセンター「エルサあづみ野」の増改築の検討である。「エルサあづみ野」は築約30年の建物で、安曇野ビルディング・県設計との協働で進めている。このプロジェクに置ける佐倉研究室の役割は、ミクロとマクロの両義の観点からまちづくりを捉え、地方都市における郊外型商業施設のあり方を検討し、新たなモデルを提示することだ。「エルサあづみ野」は駅から少し離れた場所にあり、増改築によって安曇野ならではの商業施設のあり方を探っている。商業施設を介して地域との関わり方を考え、「地産地消型」「自然体験型」「地域福祉型」の3つのビジネスモデルが成り立つ商業施設を検討している。2022年度は先進事例の現地調査を行った。地産地消型ビジネスモデルの例として三重県多気町にある商業施設「VISION」、自然体験型ビジネスモデルの例として広島県三次市にある商業施設「トレッタみよし」を調査(写真9)。また、公民連携で、民間主導で進められた開発事業として岩手県紫波町と紫波中央駅の西側で展開された「オガールプロジェクト」を調査した(写真10)。「オガールプロジェクト」は補助金に頼らず民間が開発・運営しており、商業を中心としたまちづくりではなく、図書館やスポーツ施設などを核としている。オガールプロジェクトの調査は2日間行い、1日目はオガールプラザ全体の調査、施設利用者へのヒアリング、2日目は広域の周辺調査、オガール企画合同会社へのヒアリング調査を行った。これらの事例の現地調査に加え、安曇野の魅力を改めて調査し、コンセプト案を検討していく。報告書としてまとめ、2023年度に安曇野市に提案を行う予定だという。地方都市におけるこれからの商業施設のあり方を示す事例となるだろう。

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NPO法人を立ち上げ拠点をつくる

コロナ禍で研究に影響はなかったのだろうか。「コロナ禍だからできないのではなく、できることをやろうと研究室のみんなで話し合いました。そこで、ここ2年は『まち畑』プロジェクトの空間の質を高めることに集中しました。『まち畑』プロジェクトは屋外での作業が多いのも幸いでした」と佐倉助教は振り返る。現在、NPO法人を立ち上げ、学外での拠点をつくる計画があるという。「地域住民との交流を目指していますが、大学や大学教員は一般の方にとって敷居が高い。NPO法人にすることで、地域住民との距離が縮まるのではないかと考えました」と理由を説明する。空き家の研究は改修に集約されてしまうが、空き地であれば学生たちに自由に挑戦させられる点も魅力だという。佐倉研究室の学生たちは、まちづくりや「まち畑」プロジェクト以外に関わりながら、さまざまな研究を行なっている。「『近代化の流れのなかでないがしろにされてきたヒト・モノ・コトに焦点を当て、今とこれからの流れを創出する』という軸がずれていなければ、どんな研究でもいいと思っています。みんな同じ考えでは面白くありません。『まち畑』プロジェクトの関わり方も、それぞれでいいと思っています」今後は、世界中のまち畑を調査して発信していく「世界のまち畑」、「南米スラム地区の都市組織分析」、「ドイツ・ライプツィヒの移民経営者による商店街変遷」など、これまで単発で行ってきた研究を研究室のプロジェクトとして展開させていきたいという。「これからは大企業であってもなくなる可能性がある時代。自分で考えて能動的に動き、自分にしかない強みを持ってほしい。畑をするのもその一つかもしれません。どんな社会になっても生き抜くスキルを身につけてほしいですね」と語ってくれた。

構造の面白さ

研究室メンバーに聞きました

[ 質問項目 ]

1)研究室を選んだ理由 2)研究室の良いところ 3)研究テーマ

  • ALESANDORO RUFASTO NANEZ (研究生)

    ALESANDORO RUFASTO NANEZ (研究生)

    1)佐倉先生は調査と実践的な 活動を織り交ぜた研究を行ってい るから。 
    2)日本語、英語、スペイ ン語で話すことができる。 研究 で行き詰まった時にお互いに助 け合う 
    3)優れた公共空間設計 を確保するための都市計画分析 モデル

  • 青島 秀一  あおしま しゅういち(修士2年)

    青島 秀一 あおしま しゅういち(修士2年)

    1)設計するだけでなく、都市や農 村の中に課題を見つけ、埋もれて しまった価値を新しい形で提案す ることに魅力を感じたから。 
    2) 自身の興味関心で研究できる点。 
    3)限界集落のエコロジー によって形づくる土建築。

  • 磯部 聖太 いそべ せいた(修士2年)

    磯部 聖太 いそべ せいた(修士2年)

    1)実践と研究の両方を行ってい る点に興味を持った。 
    2)野心 があり、人として面白い人が多 い。 
    3)地方複合施設につい て。地域活性化を目的とする複 合施設の地域ごとの差異を見 て、地域貢献のあり方の特徴や 相違点を明らかにする。

  • 篠田 恭椰 しのだ きょうや(修士2年)

    篠田 恭椰 しのだ きょうや(修士2年)

    ているため。
    2)コアタイムが基本なく、地域の中で活動を行っている。メンバー 全員で畑を耕している点。 
    3)地域の集合的創造性を受容する家。

  • 杉浦 虎太郎 すぎうら こたろう(修士2年)

    杉浦 虎太郎 すぎうら こたろう(修士2年)

    1)実際にプロジェクトを推進しな がらマクロな視点から研究できる ため。 
    2)自分の興味・関心を追 求できる環境。 
    3)村落空間に おける空間認知について。小規 模施設に着目し、空間認知からな る村落空間の領域と都市の変容 に関して研究をしている。

  • 杉山 翔太 すぎやま しょうた(修士2年)

    杉山 翔太 すぎやま しょうた(修士2年)

    1)部時代ベトナムの農村研究を したいと考えていたが、海外を対 象にした研究をした佐倉研究室の先輩に会ったことがきっかけで 選択した。 
    2)能動的に動ける 人にとって良い環境。 
    3)日常のエコロジー。

  • 鈴木 悠  すずきゆう (修士2年)

    鈴木 悠 すずきゆう (修士2年)

    1)都市をベースにしていながら実 践設計のある研究室だから。
    2)コミュニティガーデンから郊外 商業施設まで多様なプロジェクト がある点。 
    3)都市におけるグラ フティの特徴と地域属性および 空間の特徴と、その比較に関す る研究。

  • 勅使河原 大誠 てしがわら たいせい(修士1年)

    勅使河原 大誠 てしがわら たいせい(修士1年)

    1)身近なものから都市全体まで を考える先生の思想に共感。
    2)メンバーが個性的で予想もしな かったことが一緒にできる。 
    3) 木造密集住宅地の道空間の活 用。都市部を分断した大規模河 川の堤防を人がつながる中心へ とリノベーションする。

  • 須田 峻哉 すだ たかや(学部4年)

    須田 峻哉 すだ たかや(学部4年)

    1)都市について学べ、人との関り を重視して多様なプロジェクトに 関われるから。 2)好奇心旺盛 の人が集まっている。 
    3)地域性 を生む。地方の駅前空間。長野 電鉄の駅前空間について地域 性や都市の個性に着目し、都市 全体への影響を研究。

  • 田畑 奎人 たばた けいと(学部4年)

    田畑 奎人 たばた けいと(学部4年)

    1)長野市をフィールドに、理論と 実践の両輪で研究できる点。
    2)体育会系のノリが強く、何でも やってみようという精神がある。
    3)地方都市におけるコンパクト+ ネットワークのまちづくりにおける、ウォーカブルな都市の在り方。

  • 六車 駿介 むぐるましゅんすけ(学部4年)

    六車 駿介 むぐるましゅんすけ(学部4年)

    1)農業や自然に関わったり、設 計施工を経験したりと自身の希 望することと研究室の活動が合 致したから。 
    2)共感したことは 積極的に取り入れてもらえるの で、意見が言いやすい。 
    3)ニュータウンにおける安心して暮 らせるまちづくり。

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