研究室インタビュー

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学際的視点で行う気候変動適応策の研究

信州

中谷 岳史研究室

中谷 岳史 助教

環境省や国立環境気候研究所などとも連携しながら、日本に必要不可欠な気候変動適応策の熱関連、水害関連の研究を行う中谷研究室にお話を伺った。

中谷 岳史 助教

中谷 岳史 助教

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(なかや たかし)

1978年兵庫県生まれ。
2003年京都府立大学人間環境学部環境デザイン学科住環境学専攻卒業。
2005年京都府立大学大学院人間環境科学研究科生活環境科学専攻修了。
2005年~2007年大和ハウス工業株式会社 技術本部総合技術研究所(研究員)。
2007年~2011年岐阜工業高等専門学校建築学科助教。
2011年~2017年同工業高等専門学校講師。
2016年名古屋大学大学院生命農学研究科生物圏資源学専攻博士課程修了。
2017年より信州大学工学部建築学科助教。

環境工学の道進むきっかけ - 人間の行動や環境へ興味

物理を基礎にした建築環境工学を専門に2017年から信州大学の助教として、研究室を主宰する中谷岳史先生。現在、計10名の学生を研究室で指導している。
自身が環境工学の道に進んだ理由として、「人間に興味があり、物理の方面から人間の行動や環境を探求したかった」と中谷先生は振り返る。また、自身が高校1年生の時、出身地の兵庫県宝塚市で阪神・淡路大震災を経験したことも建築という分野に進む大きなきっかけであったという。
大学は京都府立大学の人間環境学部に進み、環境心理学と環境工学の両面で学べる研究室に属した。研究活動をする中、人の暮らしに興味が湧き、研究の面白さを実感したことから、卒業後は大手ハウスメーカーの総合技術研究所にて社会人経験を積んだ。その後、岐阜工業高等専門学校建築学科の教員を経て、信州大学で教鞭を執るに至る。
現在、中谷研究室では主に2つの研究テーマに取り組んでいる。その2つは共通して「気候変動適応策」についてであり、1つ目が熱関連、2つ目が水害関連のテーマである。
気候変動に対する取り組みには、温室効果ガスの排出を抑制する「緩和策」と現在そして将来予測される影響に対処する「適応策」がある。中谷先生は、実測や解析、ヒアリングをもとにデータを導き出し、後者の「適応策」を提示する専門家だ。2016年に発効した気候変動問題に関する国際的な枠組みを示す「パリ協定」で、2020年以降、国際社会が気候変動対策にどのように取り組むかの規約ができたことで適応策は近年一躍注目を浴びている。

テーマ1:学校建築を対象とした「気候変動適応策」の熱関連の研究

1つ目の「気候変動適応策」の熱関連の研究テーマについては、地球温暖化が進行する中、熱中症などの人体への影響も懸念される昨今において、「いかに暑すぎたり寒すぎたりすることのない快適な状態を維持し、人体への被害を減らすか」という課題が浮上している。
現在中谷研究室では、環境省や国立環境研究所などと連携しながら学校建築を対象に研究を進めている。学校建築は、公共建築の三分の一強を占め、築30年以上経っているものが約7割あるといわれる。「長野市学校施設長寿命化計画」の中で、学校建築を含めた公共施設の目標使用年数が80年に設定されていることから、近年大規模改修と改築が急増している。
一定の築年数が経過している学校建築は、断熱性能や日射遮蔽性能が低い建物が多い一方で、たとえ大規模改修や改築の予算が付いたとしてもその予算は老朽化した設備や耐震補強に当てられ、気候変動に関しては未考慮のことが多い問題に直面している。
さらに少子化による学校の統合などから、そもそも適応策を実施する必要があるのかについても考慮しなければならない。そのような複雑な社会情勢も関係するため「どれだけのリスクがあり、どれだけの人が被害を受けるのか」という観点を含めて総合的且つ合理的に研究を進めていく必要のある難しいテーマなのだ。
そういった中で、学校において毎年5000件程度発生しているといわれる熱中症は、地球温暖化が進む中で今後より一層注意が必要といわれている。そのような健康リスクの懸念が生じる中で、中谷先生は「適応策(熱ストレスの低減)と緩和策(空調エネルギーの削減)の両面をシナジーすることが重要であり、ステークホルダーの対象に応じた「情報デザイン」が必要だ」と強調する。
この「情報デザイン」には、学校運営に向けたものと、自治体に向けたものの2点の方向性が考えられる。前者は、健康リスクを減らせるように学校関係者が行動指針を立案して連携し、運用するサイクルに役立つような学術情報が必要であるという。例えば子どもたちが暑いと感じた時の先生への申し出や、インターネットで公開され始めた熱中症リスクに関する情報を教員会議や朝礼の場でどのように共有するかといった情報伝達のデザインもその一部だ。一方で後者は、気候変動の影響が潜在的課題であることから「リスクコミュニケーション」が重要となる。学術的知見や自治体の事情を整理し、長期計画に適応策を組み込むように対話を続けることが大切にされている。

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学際的研究の中で ― 他大学や行政、学校関係者との連携で数十年先の未来を考える

研究の体制としては、中谷研究室だけでなく、東京理科大学や名古屋工業大学の建築系研究者や情報系研究者と連携し、行政系研究者も加わる学際的なチームを組んでいる。研究チームでは、スーパーコンピューターで計算した高解像度気候データの建築伝熱解析用気象データへの変換や、機械学習による最適化手法の開発など、シミュレーションによる暑熱ストレス評価と実環境計測基盤の構築を行っている。中谷研究室ではまず学校の校庭や教室の実測を行い、建物伝熱解析を構築した上で、自治体に向けた情報デザインの一環として「多目的最適化による建物性能」について分析を行っている。
規模の大きな公共施設である学校建築を対象としているため、学校ごとに、太陽光が当たる場所に伴いどこが暑くなりやすいかを明らかにするためには、解析システムの導入が必須となる。この解析によって、光と熱の組み合わせについて現在約2万条件を計算し終えた。最終的には日本全国について約100万条件に増やし、解析システムによって最適化をかけることで「電気代などのエネルギー費用を抑え、且つ健康リスクも少ない」建物性能に関する条件を絞り込むことを目標にしている。この自動解析システムは、中谷研究室の学生たちが主体となって推進し,指導教員や連携している研究者が支援して構築できた。また、将来気候データや人口予測データを使用し、地域ごとの人口推移を含むさまざまな可能性や条件を想定した上で、気候変動が進行した場合の将来シナリオとその対応策を構想することも行っている。これに関しては、長野県内の公立の小学校、中学校、高校、約500カ所に対して学校ごとに解析を行う予定だという。南北に長く山岳に囲まれる長野県では、地域によって気象条件が大きく異なる。学校毎にピンポイントの解析を行うことで、例えば「電気代の面からいえば早急にこの部分を断熱した方が良い」などといった、合理的で素早い判断を学校関係者に対して情報提供できるはずだ。
このように中谷研究室では研究を論文にまとめ発表して終わるのではなく、教育委員会や各学校の先生にも学術情報を伝達している。同時に、中谷研究室の学生が主体となり、学校関係者に対して、健康リスクや今後のリスク増大に対する認識などについてアンケート調査したり、熱中症対策の行動立案、連携、運用についてヒアリングを行ったりもしている。行政や学校関係者と連携して互いに数十年単位のスパンで学校建築について考えていき、「リスクコミュニケーション」を取りながら、地域に貢献することを意識しているのだ。
今後は、改修や設計の手順といった実際に形に落とし込むところまでを提案していく方針である。また、将来的には長野県で得た取り組みをその他の都道府県に水平展開することを目標にしている。

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テーマ2:浸水建物を対象とした「気候変動適応策」の水害関連の研究

2つ目の研究テーマは「気候変動適応策」の水害関連についてだ。近年、国内各所で台風や大雨による水害被害が発生している中、適応策の観点から浸水建物を効率的に復旧させる方法の確立が求められている。この研究を行うに至った発端は、中谷先生自身も令和元年東日本台風で長野県長野市の自宅が浸水被害を受けたことであった。冒頭にあるように、かつて中谷先生は大手ハウスメーカーに研究員として勤めており、作業工程の作成や結露、カビ等の現場支援の経験があった。また、過去に環境工学の研究で湿気や水蒸気の蒸発に関する内容を扱っていたこともあり、一定の知見があったようだ。
建物浸水後は、含水した木材や断熱材が乾燥せず1~2週間が経過すると真菌が爆発的に増加する「アウトブレイク」が発生し、室内環境が著しく汚染される。浸水部分の撤去と清掃に加え、迅速な乾燥と室内換気が重要となるが、現在の日本では復旧手順が定まっておらず、技術開発も不十分であるという。
中谷先生は、令和元年に被災した自宅の調査、復旧に留まらず、令和2年7月豪雨の熊本県人吉市や記憶に新しい令和4年9月豪雨の静岡県静岡市になどにも技術支援に入っている。人吉市の場合は、水害発生から5~6時間で現地にヘルプに入り、1ヶ月後までの全工程を支持したという。また静岡市の場合にも水害発生から2日目に現地に行き、4日目には応急処置を完了させるという速やかな対応を行った。
「建築の復旧に関する専門家が迅速に現場に入らなければ、最小限の費用で復旧できる建物も解体されてしまう」と切迫した状態の現場を知る中谷先生は話す。
また、これまでの現場経験から「復旧初期の工程で床解体を優先することは勧めない」という中谷先生。仮設住宅もまだ開設されていない段階で床板がなくなると生活の場が確保できなくなるためだ。そこで中谷先生は、工業用ファンを床下の土間に設置し、外部から取り入れた空気を室内、床下へと流し、外部に排出する攪拌を推奨している。また、室内清掃や、壁を一部解体し断熱材などの壁の内部が真菌に侵されないうちに処理することを同時進行で行うことも提案している。この方法によって、区作業量と費用を最小限に抑えることが可能であることは実証済みだ。
中谷研究室の学生は、建物内部の流体解析モデルの作成を進め、効率的で安全な工業用ファンの配置数や配置場所の検証を行っている。また、被災地の安全が確認された後に建物部位のカビや湿度、乾き具合を測定しに現地に入ったり、建築環境工学の熱式同時移動方程式を使い、カビが生える前にできる対応を中谷先生と共に模索したりしている。

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高い水準で研究を行う中谷先生と学生との信頼関係

エネルギーや人体の健康リスク削減と常に向かい合いながら気候変動適応策の熱関連や水害関連の研究を行う中谷研究室。学生が書く論文は、基本的に査読付きのもので、積極的に英語圏のジャーナルに投稿することを推奨している。高い水準で研究を行う学生が卒業後の進路として企業研究所や組織設計事務所の環境設計部門に進む人が多いことは、中谷研究室の特徴でもある。
中谷先生は、研究室での指導で大事にしていることとして「各々の学生に合わせて、今発揮できるその人の力の8割の課題を与えることだ」と話す。その理由として次のように続けた。
「少しの余裕があると何か試したくなる。そうすると新しい解析ソフトについて勉強し始めたりする。それが研究室の財産になっている」定例ミーティングはあえて2ヶ月に1回程度に抑えられ、ゼミも基本的に海外文献の輪読。論文指導はいつ行われるかというと、中谷先生がコーヒーを飲む時は必ず学生のデスクがある部屋に移り、「どう?」と進捗を尋ねるフランクなスタイルを取っているという。
そういった、学生が自主的に挑戦できる日々のはからいと、形式に拘らない指導のあり方が、中谷先生と学生との信頼を深めているのだろう。中谷研究室では今日もこれらの日本の気候変動について必要不可欠な研究を蓄積している。

研究室メンバーに聞きました

[ 質問項目 ]

1)研究室を選んだ理由 2)研究室の良いところ 3)研究テーマ

  • 蟹澤 春樹さん かにざわはるき(修士2年)

    蟹澤 春樹さん かにざわはるき(修士2年)

    蟹澤 春樹さん かにざわはるき(修士2年)
    1)より理論的に環境工学について研究を行う研究室で、理論的なアプローチが得意な自身の性格と合致していたため。 
    2)要所要所で先生からアドバイスを受けて自主的に活動できるところ。 
    3)通気層を含む複数層壁体の多目的化。

  • 降幡 昇さん ふりはたのぼる(修士2年)

    降幡 昇さん ふりはたのぼる(修士2年)

    1)建築をデザインする際に理論に基づく根拠が欲しいと思っており、建築環境工学で扱う理論に惹かれたため。 
    2)自身のやりたいことを尊重してくれて、各々が習得した技術を気軽に共有できる。 
    3)日本の建築環境工学における日照分野の研究の歴史的変遷。

  • 橋本 英門さん はしもとひでと(修士1年)

    橋本 英門さん はしもとひでと(修士1年)

    1)環境設計に興味を持ち、省エネルギー化や気候変動について知見を深めたいと思ったから。
    2)自分で研究を進めていくため、出席率の割に研究は進んでいる人が多い。酒は好きだが決して強いわけではない人が多い。
    3)住宅における多目的最適化。

  • 向井 誠人さん むかいまさと(修士1年)

    向井 誠人さん むかいまさと(修士1年)

    1)環境系の研究室の中でシミュレーションなど高度な技術を使った研究が行えるため。
    2)各自のペースで研究が進められ、必要に応じて相談できる。 
    3)床面の熱・湿気移動解析。

  • 山田 彬太郎 やまだ りんたろうさん(修士1年)

    山田 彬太郎 やまだ りんたろうさん(修士1年)

    1)地球温暖化が進む中で、建築物がそれを抑制していく技術に興味があったから。また。技術を知るにあたりどんな原理であるのかを数式などから分解し考えられるから。 
    2)自由 
    3)オフィスビルの多目的最適化。

  • 大星 直也さん おおほしなおや(学部4年)

    大星 直也さん おおほしなおや(学部4年)

    1)建築環境系の研究室の中でも新しいことに取り組んでいる研究室だと感じたから。 
    2)各々の多種多様な研究を共有することで様々な知識を得ることができる。
    3)将来気象データを用いた学校建築における外皮改修の緩和および適応効果の検討。

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