研究室インタビュー

実施プロジェクトに携わりながら地方都市のエリアリノベーションを考える
新潟工科大学
|建築・環境デザイン研究室
倉知 徹 准教授
都市計画を専門とし、老朽化の進んだ集合住宅や過疎化の進んだ地方都市のエリアリノベーション、地域の活性化について研究する倉知徹准教授。新潟県内を中心とした実践的なプロジェクトに取り組んでいる。

倉知 徹 准教授
博士(工学)
(くらち とおる)
1975年 石川県生まれ。
2006年 北海道大学大学院工学研究科都市環境工学専攻修了(工学)。
2006年に神戸芸術工科大学デザイン学部助手
2011年 関西大学先端科学技術推進機構特任研究員。また株式会社 遠藤剛生建築設計事務所に勤務。
2016年から新潟工科大学工学部工学科建築・都市環境学系准教授。
地方都市の都心整備計画を間近で見て
大学では応用物理学科を卒業後、学士入学 で建築を学んだという異色の経歴を持つ倉知徹 准教授。「応用物理学科の卒業論文では金属結 晶を扱う非常にミクロな研究をしていました。それはそれで、科学技術的には魅力ある分野です が、もう少し人間の生活や暮らしに近いところを 考えたくて、建築の世界に興味を惹かれました」
建築学科に編入後は、前日本都市計画家協 会会長でもある小林英嗣教授(現・北海道大 学名誉教授)の研究室に所属。建物単体よりさ らに大きなまちや都市を対象とするようになる。 博士課程では札幌市のエリアマネジメントをテー マに研究していた。
「2000 年頃、札幌市はより良い市民生活と、新しい時代に向けた魅力と活力の向上のために、第4次長期総合計画に都心整備をしっかりと位置付けていました。当時は全国的にTMO(タウンマネージメント機関)作りが盛り上がっていて、都心に特化したまちづくりを計画し、TMOが構想から実現へと盛り上がっている時期でもありました。行政側で作った計画を遂行できる部隊、エリマネを担う第三セクターのような中間的な組織を作る動きが活発で、それらをまとめ次世代の方法論を考察するというのが博士論文のテーマでした」と倉知准教授は当時を振り返る。
札幌市は公共空間の充実を計り、チカホ(札幌駅前通地下広場)や創成川アンダーパス連続化を実現。大掛かりなインフラ整備と公共投資を行い、行政側が質の高い公共空間を用意することで民間投資を呼び込み、都心エリアの活性化を促した。
「1972年の札幌オリンピックに際して駅前通り周辺が開発されてから30年。さまざまな更新が必要となる中で、ただ、古くなったビルを新しいビルに建て替えるのではなく、よりハイスペックな機能を入れるために民間の投資を呼び込む必要がありました。一流の地方都市として機能するために海外の富裕層や知識人などが北海道に来た時に満足できるホテル、質の高いサービスも必要なのではないかと。『札幌を世界都市にしよう!』をキャッチフレーズに、内資、外資問わずに民間からの投資をしやすくするインセンティブの意味でも、都心整備に力が入れられたのではないでしょうか」と倉知准教授は当時の時代背景を読み解く。
一方で2000年代はエリアマネジメントという言葉が使われ始め、直接的にまちのマネジメントを行う組織やそのための制度も整えられていた。
「“ 札幌大通まちづくり株式会社”が日本で初めて の都市再生整備推進法人に認定され、札幌市 は全国的にもトップランナーとして走ってきまし た。その過程を間近で感じた経験は大きいです」
建築計画学と団地再生プロジェクト
その後5年間所属した神戸芸術工科大学では、助手として教育全般に関するサポートがメインとなるが、新たな専門分野との出会いもあった。
「神戸芸工大は、建築計画学の草分け的存在の吉武泰水先生が初代学長で、やはり計画学の鈴木成文先生が二代目として大学を支えて来られました。東大の建築計画学系の先生と親しくさせてもらうことができたのはありがたかった。それが今、エリアリノベーションに関わる際の糧にもなっています」
関西大学ではプロジェクト付き特任研究員として、団地再編プロジェクトに携わった。当時、UR都市機構では老朽化した団地でも、駅の近くなど需要が見込まれるところでは建て替えのプロジェクトが進められていた。しかし現実的には、交通の便が悪く、建て替えの難しい物件が圧倒的に多く、それを今後どうするかが重要課題となっていた。「エレベーターなし5階建ての昔ながらの団地にも、そこにしかない魅力はあり、ちゃんと再生したらもっと使えるはず。再編が必要だろうということで始まったプロジェクトです」と倉知准教授はプロジェクトの経緯を説明する。。
具体的な取り組みの一つが京都府八幡市の男山団地。枚方市と八幡市の境目で最寄駅は京阪電鉄の葛葉駅だが歩くと30分はかかるためバス利用がメインとなるエリアに、賃貸で約4600戸、分譲も合わせると約6000戸が集合する昔ながらの大規模団地だ。
「八幡市の人口の1/4~1/5が団地住民と考えられ、地元行政としても看過できないということで、大学院生を中心に取り組んでいました」もう一つは、大阪の南、河内長野市の南花台団地。いわゆる丘の上のニュータウンで、戸建住宅地とURの賃貸があり、空き家問題が深刻となっていた。新たに多くの人を呼び込むのは難しいため、今の住人がより良い暮らしを送れること、また、団地の環境が良いと考える外部の人に魅力を発信できるようにするという方針で進められた。
「男山団地ではURの所有する店舗兼用住宅に、南花台では1階で食品、2階では雑貨・衣料品などが売られている複合的なスーパーの空きテナントに簡単な改修をして、まちづくりの中核となるフリースペースを設けました。学生が通って運営し、地域の人と共に自由に活動しながら地域再生を思考する場として、好感触を得ることができました」と言い、関西大学で実施プロジェクトに携わった経験は、倉知准教授が現在エリアリノベーションを学生に指導する上でも生かされている。
「また、団地再編を考えるためには団地を作って来た世代の専門家の話を記録することが重要なのではないかということで、10年前、すでに高齢になっていらした多くの方々に話していただく機会をいただきました。関西メインではありますが、例えば、住宅団地創成期のマスタープランを手がけた市浦ハウジング&プランニングの方など、東京から来ていただくこともありました。この経験は大きな財産になりました」

雁木の調査と雁木を生かしたまちづくり
新潟工科大学に移って、倉知准教授が最初に着目したのは雁木のある街並みだ。「自宅のある長岡もそうですが、意外と雁木が残っている。逆に歯抜けになっているところがもったいない。雁木は生活の便利のためにも、町並みとしても繋がっていないと意味がないので、今あるものを残すだけではなく、欠けているところに新しく作っていくべきで、『エリアリノベーション』が有効だと考えています」
新潟県内では上越の高田や長岡圏内の旧栃尾など雁木の残されているエリアは多い。まずは現状把握のために7地区で調査を行った。
「ArcGISというソフトを使い、クラウドに情報をあげながらデータベースを作成しました。これならスマホだけでも調査が可能です」
建築やまちづくりで現地調査というと、大きな画板に大きく印刷した地図を挟んで歩き、一生懸命写真をとって記録する。それを持ち帰ってパソコンに入力というのが従来だったが、データ入力まで全て現地で済ませられる魅力は大きい。「しかも、クラウドに、誰かが調査したところをデータ入力すると、他のチームにも共有されるので、調査の重複や抜けがなくなるのです。学生5、6人が3、4チームに別れて、調査していてもそれぞれの進行状況がリアルタイムでわかる。LINEアプリでやりとりしながら適宜指示も出せる。非常に効率よく調査することができました」
2022年度は科研費も得て、調査をもとにデータベースを更新しながら雁木の途切れている部分をどうして行くか、行政や地元の住民と協力しながら検討中だ。
「雁木は長岡地区以外、私有地での私有財産なので基本、行政はあまり口出しできないのです。そこに何か、行政や地域として関わって行く糸口が見つけられないか、というのが次の課題です」


実施プロジェクトに積極的に取り組む
倉知研究室は学外のプロジェクトにも積極的に関わっている。参加は研究室の学生だけでなく、下級生も含め興味のある学生は誰でもウエルカムだという。産学連携のPBL=projectbased learningの形で、現在、燕、小千谷、湯沢などでプロジェクトが進行中だ。
燕は金属加工などの製造業が盛んだが、多くは従業員50~100人程の中小企業で、人材不足に悩まされている。特に大卒の採用に苦労している中で地元の企業が集まり『公益社団法人つばめいと』を作った。まず業界を知ってもらうためにインターンシップを受け入れ、そこから採用へ繋げようという試みがある。
「東京などの都市部や県外からインターンシップにきてもらうために、シャッター通りになっている商店街の一角につばめいとが寄宿舎を作ったのです。するとその周辺に新しいお店ができたり、若い人がIターンやUターンで入ってきたりという変化が起こり始めました。若い人たち、外から新しく同時期に入ってきた人たち同士の連帯感もできていて、それを地元がきちんと受け入れる素地もあった。その勢いでこの街を変えよう、再開発をやっていこうという動きがあって、行政も中心市街地再生モデル事業を立ち上げ、国の補助金も入れながらハード整備や建て替え事業を推進しています。非常に興味深い新しいスキームなのでそこに学生も関わらせていただき、空間の提案や制作を行っています」
寄宿舎は商店街からうなぎの寝床状に細長く伸びる敷地に建つ2階建で、1階は研修室、2階が宿泊室となっている。
「せっかくなので学生を現地に連れて行って、研修室でワークショップをしています。つばめいとが寄宿舎の隣の敷地を買い取ったのですが、現在は空き地で、そのままでは活用されないので、くつろいだり、立ち寄って休憩したり、ちょっとしたイベントのできるような空間を提案しました。2021年の10月に学生も施工に参加して、単管を使った仮設パビリオンが完成しましたが、今年度はここをもう少しフレンドリーな空間にして欲しいと頼まれて改修しています。子どもがよじ登って遊んだり、地元の方がイベントをしたり、いろいろな用途で使われています。今後は、本整備に向けた計画、図面づくりを進める予定です」
小千谷では、市立図書館を含む複合施設の新設に伴うソフトプログラムの検討に参加している。
「プロポーザルで平田晃久さんが設計者に選定され実施設計が進んでいるところです。このような公共施設は市民が建設前から関わって、意識を高めながら、活用のためのソフトプログラムを考えることが必要となります。市役所がそのような場を企画しているのですが、20代、学生の年代が集まらないということで、学生を参加させながら新しいプログラムを考えられないかという話をもらい、参加しています」
燕と小千谷のプロジェクトは、2022年10月末に東京ビックサイトで行われた『ジャパン・ホーム&ビルディングショー2022』の『学生プロジェクトデザインコンペティション』の奨励賞にも選定されている。
学内でも研究室の枠にとらわれない実施プロジェクトを積極的に展開している。
「2019年度は、廊下の一角に学生のアイディアとセルフビルドでコミュニケーションスペースを作りました。2021 年度は学生食堂のすぐ下のスペースにレンガで炉を作って、BBQや焚き火ができる場所を作りました。大学祭では、そこでマシュマロを焼いたり、コーヒーを出したりして盛況でした」
このようなプロジェクトは学生だけで完成させるのは難しい。地元の企業からの技術力と資金の協賛を得て実現している。「地元の中小企業は人材の採用に苦労しています。ミスマッチによる早期離職にも悩まされている。就職活動では企業も学生も表面的に作り込んだ状態で顔を合わせますが、より良いマッチングのためには、もっと素の状態で会うべきなのではないかと。それには一緒に何か作業をするのがいいのではないかと声をかけ、利害が一致する企業に協力してもらっています。カンナがけやビス打ち、型枠を作って実験室でコンクリートを練り打設する、レンガを積み上げるなど建設会社の現場の方々に直接指導してもらいながら学生が施工しました」
都市部ではコロナ禍で対面のプロジェクトが軒並み中断されている中、企画が実現したこと自体が貴重だが、倉知准教授は「うちの大学が企業と距離が近いということもあってできたことだと思います」と新潟工科大学ならではの魅力を語る。




イノベーターとなる人材を育成
倉知研究室では卒業研究は論文か設計どちらか選択制だが大学院では極力、論文を書くように指導する。「学部で設計しかやっていないと、論文を書くという経験をしないで卒業してしまう。大学院を修了するからにはきちんと論理的に考えて、資料を集めて、文章を書いて、人に伝える、説得するという能力を、論文執筆を通して身につけてもらいたい」と考えるからだ。
また、倉知准教授は建築系の指導とは別に、2021 年度から、大学全体に関わる科目“イノベーターとビジネス構築力”を立ち上げ、その授業も担当している。
「経済環境、世界的情勢などさまざまな状況が劇的に変化している今、イノベーションを起こしていくことが必須となります。新潟工科大学は地元の新潟県内のものづくり企業などに就職する学生が多いのですが、地元の企業や産業界も、不確実な時代にどうしたらいいかという問題を抱え、世の中の荒波にさらされています。そのような状況で、企業としては大卒の人間には、将来の幹部になって、会社を引っ張って欲しいという思いがある。そういう意味でも全学生にイノベーターになって欲しい。イノベーターになって建設会社でも製造業でも食品会社でも、どんな分野でもいいから自分達が活躍できる10年後にはイノベーションを起こす、そういうマインドを持って卒業して行って欲しいと考えています。
研究室メンバーに聞きました
[ 質問項目 ]
①研究室を選んだ理由
②研究室の特色
③取り組んでいる研究テーマ
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谷内 文哉さん たにうちふみや(修士2年)
①当時、市役所への就職を目指しており、まちづくりについて学ぼうと思い選択。
②プロジェクトへの参加が積極的でさまざまなことが体験できる。
③「柏崎市における『日本の木材活用リレー』プロジェクトの特徴と意義」 -
藤本 大賀さん ふじもとたいが(修士2年)
①建築空間の都市との関係を研究したい。空き家や道路空間、交通の結節点等で展開される建築空間とオープンスペースに興味がある。
②ハードに頼らないまちづくりの良さを経験できます。
③「定期市による道路占有の仕組みを使った道路空間の利活用」 -
北澤 李緒さん きたざわりお(修士1年)
①プロジェクトを通して学外の人との関りができるから。
②院生が多くて、研究室にメンバーが入りきれない。
③「防火水槽ではじまる」/新潟県旧三島町に点在する116カ所の防火水槽の上に、まちのコミュニティがは -
鈴木 里佳さん すずきりか(修士1年)
①優しい先輩がいたから。
②研究室の人以外の人も研究室にいたりする。
③「田んぼ・カントリーエレベーターの魅力をつたえるための新しい農業施設の提案」/カントリーエレベーターに田んぼやお米の魅力を伝えるミュージアム機能を付随させる。 -
難波 健一さん なんばけんいち(修士1年)
①倉知先生が研究している雁木で有名な高田出身だったこともあり、雁木を使った卒業設計をしたいと思ったから。
②学外プロジェクトに多く参加している点。
③「雁木と空き家で学ぶ6年間」/雁木、空き家を使った小学校を設計する。 -
三宅 春香さん みやけはるか(修士1年)
①まちづくりに興味があったということと、先生のキャラクターが好きで選びました。
②学外の活動が多く、さまざまな人と交流ができます。
③「柏崎市本町における新しい公共空間の提案」/本町の特徴である傾斜のある地形とお寺を用いて空間をつくりました。 -
阿達 翔也さん あだちしょうや(学部4年)
①まちづくりと建築設計どちらも学べる研究室なので選びました。
②さまざまなプロジェクトに取り組んでいる。
③「上越高田城址再編成」/現在、閉鎖的となっている本丸跡を市民が集えるオープンスペースとして提案する。 -
大橋 礼旺さん おおはしれお(学部4年)
①やりたかった研究ができるから。
②自由度が高くわきあいあいとした雰囲気がある点。
③「長岡ニュータウンにおける今後の店舗兼住宅の検討」/全国的にオールドニュータウン化が進む中、ニュータウンに店舗兼住宅を導入するための調査を進める。 -
勝海 凱斗さん かつみかいと(学部4年)
①卒業設計ができる研究室だから。
②課外活動が多いところ。
③「八番目の設計」/今まで課題として行ってきた7つの設計を踏まえて、「どう空間化してきたか」「どう空間化するか」を意思表示する。 -
勝見 洋哉さん かつみひろや(学部4年)
①学外のプロジェクトへの参加を通して研究室の雰囲気を知り、入りたいと思った。
②研究室でご飯をつくったり、登山やキャンプをしたりと仲が良く活発。
③「柏崎駅前地区の店舗実態と地域就業者ニーズ」
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蕪木 太雅さん かぶらぎたいが(学部4年)
①先輩がいた研究室だから。
②P B L( P r o j e c t B a s e dLearning)を取り入れている。理工系学生科学技術論文コンクールと、JIA全国学生卒業設計コンクールで日本一をとった2人がいる。
③「出雲崎の妻入り町並みを残すまちの空間の提案」 -
小関 優生さん こせきゆうき(学部4年)
①卒業設計に興味があり、研究室にすごい先輩がいるから。
②院生が多く、いろいろなアドバイスを受けられる。
③「LRTによるまちの新しい空間の提案」/富山県高岡市の路面電車が廃線になる可能性があるため、路面電車を使ったまちの設計を考えている。
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