研究室インタビュー
新潟の「まちなか再生」を紐解く
新潟工科大学
|工学部 工学科 建築都市学系 都市計画研究室
樋口 秀 教授
新潟工科大学に着任してすぐに、コロナ禍を経験した樋口秀教授。
思うようにフィールドワークができないなか、学生それぞれが地元を見直し、地域の課題を発見・解決できるような研究指導を行っている。
樋口 秀 教授
博士(工学)、一級建築士、測量士
(ひぐち しゅう)
1966年島根県生まれ。
1991年、長岡技術 科学大学大学院工学研究科建設工学専攻修士課程修 了。
1991年-1997年、島根県立出雲工業高等学校建築 科教諭を経て、1997年に長岡技術科学大学助手。
2004 年に同大学助教授、2007年に准教授。
2019年に新潟工 科大学工学部工学科建築・都市環境学系教授。
建築から土木の道へ
「地方都市では人口が減少し、衰退が問題視される中で、まちなか再生なしにはこれからの都市の維持・保全はないと思います」という樋口秀教授の言葉が印象に残る。2019年度に新潟工科大学に着任した樋口教授。祖父と父が大工という家系に育ち、小さい頃から慣れ親しんでいた建築の道を自然と志すようになったそうだ。国立米子工業高等専門学校の建築学科へと進学、しかし将来を見据えたときに設計者としてやっていくための門戸の狭さを感じたという。そこで、大学では建築を離れて土木分野へと進むことを決め、長岡技術科学大学工学部建設工学課程に入学した。土木と一口に言っても、そのなかには地盤、河川、気象、下水など、都市や街をつくり上げるあらゆる要素が含まれている。それまでに学んできた建築とも重なる部分が大きい「都市計画」を専門とする中出文平教授の研究室に所属した。中出教授は東京大学工学研究科都市工学専攻の出身。樋口教授いわく「建築工学のみでもない、土木工学のみでもない、都市そのものを対象とする「都市工学」を追求する分野」の出自の中出教授の下で、全国の地方都市を対象とした研究や各地のプロジェクトに関わったことは現在の自身の基盤になっているという。「恩師の教えは、学生たちにも伝えたいと思っています。都市計画を突き詰めていると、建築を考えることの大切さをあらためて感じます。その一方で地元のまちづくりに携わっていきたいという学生たちに、建築単体を設計・施工するだけではなく、まち全体のことを考えながら仕事に関わってほしいと伝えています」
コロナ禍でも地元をテーマにして調査・研究を進める
修士課程を卒業した1991年度から6年間ほど、島根県立出雲工業高等学校建築科で教員職についた。サッカー部の顧問も歴任し、体育の先生だと勘違いされるほど、学生との練習に、毎日励んでいたという樋口教授。その後、長岡技術科学大学で助手、助教授、准教授を経て、新潟工科大学工学部工学科建築・都市環境学系の教授となったのは2019年度。そのため、着任1年目の年末からコロナ禍により調査や対面での授業がすべてストップし、研究指導のほとんどがオンラインへと移行。そのなかでできることを模索するしかなくなった。しかし、樋口教授はこのシチュエーションさえもポジティブに捉えた。「現在、研究室でもメインのテーマとなっている新潟県の三条市や湯沢町の調査は、まさにコロナ禍で始まりました。研究室は県内出身の学生が8割いますので、地域のテーマを扱っていくことは以前より考えていて、その点は学生たちとも意見が合致していました。コロナ流行により大学に通学しにくくなり、多くの学生は地元に帰省していた。それならば、各々の地元を卒業研究のテーマにするとよいのではないかと考えたのです。ゼミや打ち合せはZoomで進め、現地調査は自分たちの近所をフィールドとして、感染に注意しながら移動制限に縛られることなく調査を進めることができました」
新潟をフィールドにすること
では、樋口教授が新潟の研究に力を入れはじめたのはどのような経緯からだろうか。長岡技術科学大学にいた頃は、毎月のように全国各地へフィールドワークに出かけていたそうだ。新潟の地域的なプロジェクトにも関わっていたが、研究のメインテーマは建築・都市計画の基準を定めた「都市計画法」の制度が、いかに運用されているのか実態を調べることであり、全国ベースでデータ収集を行っていた。「『都市計画法』とはもともと1919年に成立し、その後都市への人口・産業集中にともない1968年に新法が定められました。一部はその後も改正されているが、現行法は高度経済成長期に礎が築かれたものです。現代社会における都市や人口の急速な変化のなかでは、現在の制度では対応しきれない面もあり、その実態を明らかにし、制度を再検討するための研究でした」このように全国を対象とした研究は樋口教授にとっても重要なものであったが、「中出先生とその門下生が、法制度に基づく全国規模の研究を今後も引き継いでいくため、自分は建築を志す学生と一緒に都市全体を見据えながらも建築の基本に立ち戻り、敷地から地区単位くらいの規模で考えられるテーマで自らの研究をこれまで以上に深めたいと考えました」と新潟工科大学で新たな一歩を踏み出した理由を語る。樋口教授は、新潟をはじめ地方都市では「まちなか再生」がキーワードになっているという。冒頭の言葉にもあるように、地方都市全体が衰退する現在の日本では、その中心部の“まちなか”に居住し活性化することを考えていかなければ、その都市が維持保全されていくことは難しいということである。これには、外部からの視点で都市や町を客観的に捉えていく研究方法もあるが、「新潟県やその近県の出身の学生たちが、自ら住み、慣れ親しんできた生活者として元来もっている「眼」を研究に生かすことができるのではないか、という地域に対する深い想いで研究テーマを研究室の学生と一緒に考えたいから」と内部からの視点も重視している。
空き家がキーワードになる
野村総合研究所調べでは、2033年の全国の空き家率の推計値は27.3%(2019年6月20日発表資料)。10年後には全国約3割の住宅が空き家になるとの予測は、その切実さを如実に伝えている。樋口研究室を卒業した学生の就職先は、地元のハウスメーカーなどが多いそうだが「今の世代は、建築をどんどんつくることだけではなく、その後に起きている空き家などの現代的課題を捉えていくことも重要」とのことだ。地方都市の市街地によく見られるのは、縦にした食パンのように細長い区画の町家が連なる古くからの町割。その食パン1個1個が空き家となりどんどんと抜けていき、昔は1区画に8人住んでいたところが6人になり、2人になり、最後は1人しか住んでいないという区画も出てくる。かつては道路側に町家の正面がずらっと揃い、街並みを形成していたが、歯抜けのように駐車場ができたり、セットバックして新築住宅ができたりすると、街並みのルールが存在しない、ちぐはぐな状態になっていくそうだ。現在、地方都市の持続可能性を高めるために、市街地に機能を集約する「コンパクトシティ」の考え方が推進されているという。しかし、食パンを再度そのままの大きさで戻していくような対策ではいずれ行き詰まってしまう。例えば道路に接していない土地にある建物は制度上、建築の更新が難しいため、さまざまな問題が発生する。どのように持続可能な状態に地域を変化させることができるのか、どの自治体も方法を模索している段階だという。樋口教授は、空き家は活用だけでなく、除却も必要だという。現在は、空き家の利活用が重視されているが、市街地の約3割が空き家化した状況下では、すべてを利活用することができない。しかし、除却が望ましい場合でも、所有者の方が取り壊すお金を支払えないことや、相続関係が複雑で放棄されたまま行き場を失っている土地もある。このような制度的な問題の解決が必要である。そのなかで今できることは、空き家や除却後の跡地をどう使うかみんなで議論することだと、樋口教授は言う。樋口研究室では、地域の空き家や土地利用の実態を調査し、地域の将来のために何が可能か自治体と一緒に考えるような研究を行っている。
三条市の中心市街地活性化に学ぶ
例えば、三条市の中心市街地の活性化をテーマにした研究は、三条市出身の学生が地元のまちづくりを卒業研究のテーマにしたいと取り組だものである(図4・5・6)。中心市街地に位置する一ノ木戸商店街周辺では空き店舗が目立っていた。それをどうにか変えようと、商店街と地元出身の若い起業家が共同し、空き家になっていた古い町家を改修し、2017年に「TREE」という拠点施設を立ち上げたそうだ(図5左の写真)。この町家は2014年には国登録有形文化財なっており、三条市のホームページでは歴史的建造物の活用事例としても取り上げられている。地域一帯で、若い世代を呼び込むためのコンテンツの開発やイベントなどの取り組みを始めたところ活動が波及し、ほかの空き店舗への新規出店が増え、通り沿いに面的に活動が展開していったそうだ。「学生は熱心にかつ丁寧に研究を進め現状の課題を突き止め改善策を提案してくれた」三条市では、空き家を改修し出店する事業者への補助制度などもあるが、行政の補助に頼りきるのではなく、地域住民が協力して市街地活性化に取り組んでいる点が非常に重要なことだと樋口教授はいう。この研究は2022年度の日本建築学会北陸支部で優秀発表賞を受賞した。
リゾートマンションの実態を把握
また、現在進行中の調査のひとつに、湯沢町のリゾートマンションの空室化の実態を明らかにするものがある(図1~3、7・8)。湯沢町は人口約8,000人の小さな町である。しかし、そこには約15,000戸と推定されるリゾートマンションがあり、一時期はバブル景気のスキーブームで流行したが、時を経て、現在は空室が目立つ物件も多い。とくに、利用されないまま管理不全となっている物件が問題となっている。例えば、悪徳業者が管理費の支払いを継続できない利用者から金銭を受け取り、物件の維持管理を引き受ける契約であったが数名から金銭を集めたところで行方をくらまし、管理組合が困窮している場合などもあるそうだ。しかしながら最近では、定住者としてリゾートマンションを購入する方も増えてきている。これはコロナ禍におけるリモートワークの推進以前からの傾向で、定年後にリゾート地へ移住する一定層がいるためだという。現在は非常に安価なリゾートマンションも多く、都市部で居住するよりリーズナブルな場合もある。さらに、リゾートマンションには大浴場やコインランドリー、ジムなどが併設されている場合も多く、都市的機能が施設内で完結し、都市部の利便性の高い生活に慣れている方でも快適に過ごせる面がある。一方で、夫婦で入居したものの、その後単身となって体調が悪くなったときなどに如何に対処するかまでは十分に考えずに購入される方もいるそうだ。
このような利用実態を知るためにインタビュー調査に取り組んでいるが、リゾートマンションのように外部に対して閉ざされた環境下では、協力者を探すことがとても大変なのだという。まず、住民同士の関係性が希薄なため、地域内のつながりで紹介してもらうことができない。さらには、多くのマンションはセキュリティの観点から部外者が入れない構造になりつつあり、郵便受けさえ設けていないマンションもあるそうだ。このような外に閉ざされた構造は、都市計画の分野では「ゲーテッド・コミュニティ(gatedcommunity)」と呼ばれる。セキュリティ面で安心であり、利便性が高く一見居心地がよく思えるが、外部からシャットアウトされた環境にいることが地域社会の中では必ずしもよい訳ではないという。リゾートマンションの空室化の状況と利用実態を把握し、空室同士を連携したり、居住者が関わったりするような取り組みができれば、将来的に何かおもしろいことができるかもしれない。
そのための基礎調査・基礎研究はこれからも続けていく予定だという。まちの再生にあたって、建築や不動産のあり方、それにまつわる制度を見直して、地域の魅力を高めつつ、持続可能な形にするには「単体の建物のデザインだけでなく、それを支える『仕掛けの設計』が必要」と話す樋口教授。建築や土木、都市計画までに広がる視点で続けられる調査と研究が、新潟のまちが抱える課題の解決に寄与していくだろう。
研究室メンバーに聞きました
[ 質問項目 ]
①研究室を選んだ理由
②研究室の特色
③取り組んでいる研究テーマ
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生方 翔也 うぶかた しょうや(修士2年)
1)都市計画の講義で地元が都市計画の失敗例として紹介され、都市計画に興味を持ったから。
2)DIYからバーベキューまでいろいろな活動ができること。
3)「新潟県湯沢町のリゾートマンションの適正利用に関する研究」 -
大泉 康太 おおいずみ こうた(学部4年)
1)都市計画や空き家について学びたかったから。
2)たこ焼きパーティーを行う。学校以外でもゼミを行う。
3)「中心市街地活性化の視点から見た立体駐車場の屋上活用に関する研究」 -
久住 大輔 くすみ だいすけ(学部4年)
1)地方の課題を解決するには、建築単体ではなく都市全体で考えることが重要と感じたから。
2)活発的なメンバーが多く、イベントが多い。
3)「地方都市における都市再生・空き家対策・都市防災戦略に向けた研究」 -
小林 優斗 こばやしゆうと(学部4年)
1)まちづくりに興味があったため。
2)研究室が土足厳禁でソファがあり、居心地がよい。ホットプレートやコンロがあり、料理を作ったりする。
3)「新潟県湯沢町におけるリゾートマンションの新たな活用に関する研究」 -
松尾 翔馬 まつお しょうま(学部4年)
1)農業も学んでいたことから、農業を合わせたまちづくりについて研究したいと思ったから。
2)メンバーとの距離感が近く、互いに助け合う点。
3)「柏崎市中通地区(農村活性化)に関する研究」 -
横川 拓人 よこかわ たくと(学部4年)
1)3年生までは建築系を学んでいたが、都市計画系を学びたいと思い選んだ。
2)料理を良くする
3)「密集市街地解消の取り組みと評価に関する研究 ― 富山県射水市放生津地区に直目して―」
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