研究室インタビュー

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社会が求める技術の実用化へ

新潟工科大学

建築振動研究室

涌井将貴 准教授

涌井将貴  准教授

涌井将貴 准教授

(わくい まさき)

1987年、新潟県生まれ。
2011年、東京理科大学工学部卒業。
2016年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。
2016年、東京理科大学工学部建築学科助教。
2017年、新潟工科大学工学科助教、2019年に同大学工学部工学科講師、2021年より同大学工学部工学科准教授。

消極的な理由で構造の道に進むも、 鋼構造の研究に没頭する

建築振動研究室を主宰する涌井将貴准教授は、2017年に新潟工科大学の助教に着任した。2019年に講師、2021年には准教授に就任。建築都市学系の教育・研究を支える期待の若手教員の一人だ。建築の構造系の中でも鋼構造を専門とし、建物の振動を分析して安全性を評価する手法を研究している。大学のある柏崎市の南に位置する十日町市出身。東京理科大学の建築学科に進み、建築構造研究に出会った。父親の影響もあって建築学科を選んだが、初めから研究や構造に興味があったわけではないという。「建築学科を選んだときは、漠然と設計者を目指していました。でも大学に入ってみると、図面を描くのが苦手で、設計製図の授業が嫌いでした。数学や物理が好きだったので、消去法で構造を選んだというのが本当のところです」と笑顔で話す。就職するつもりだった卒業後の進路は、ゼミの指導教員で、鋼構造物の構造性能と設計法に関する研究を行っている伊藤拓海教授との出会いで一変する。大地震でも倒壊しない構造的な余裕度やしなやかさを指す、建物の冗長性を定量的に評価する手法の研究に没頭するようになった。夢中になった研究を続けるため、伊藤教授の縁で東京大学大学院へ進学。鋼構造研究室に所属し、伊山潤准教授のもとで研さんを積み、2016年に学位を取得した。その後2017年に新潟工科大に移ってからも、伊山准教授とは後述する体育館のひずみ計測などの共同研究を続けている。

地震による損傷を見える化する技術で、被災時の二次災害を抑える

涌井准教授には忘れられない故郷の思い出がある。高校生の時に経験した2004年の中越地震だ。新潟県中越を震源とするマグニチュード6.8の地震が発生し、県内で最大震度7の揺れを観測。多くの建築物が倒壊・損傷した。涌井准教授は3日間、学校の体育館で避難生活を強いられたという。「余震のたびに天井のライトが大きく揺れ、落ちてくるのではないかととても怖い思いをしました。建物の安全性を追求する研究の道を選んだことに、その時の経験が少なからず関係しているかもしれません」奇しくも、涌井准教授が現在力を注いでいるプロジェクトの一つが、体育館など鉄骨造の大空間構造の損傷評価だ。大地震が起きると、余震で建物が倒壊したり、外壁などが落下したりする二次被害を防止するため、自治体は専門家を派遣して応急危険度判定を行う。被害の規模が大きく、被災地域が広範囲にわたると、こういった目視による判定に長期間を要し、被災者の避難生活が長引いてしまう。中でも学校の体育館や公共施設は、災害時の避難所に指定されていることが多い。地震で倒壊しないことはもちろん、発災後すぐに使用を継続できるか判断することが求められる。涌井准教授が大学院に進学した年に東日本大震災が起き、研究の一環で福島県にある被災した体育館の調査を行った。「現地ではがれきの山に圧倒され、自然の力の大きさに衝撃を受けたことを覚えています」と振り返る。倒壊は免れても、建物の多くはガラスが飛び散るなどして内部を使用できるような状態ではなかったという。こういった課題への対応として、涌井准教授は、建物にあらかじめセンサを設置し、計測した揺れのデータを基に、地震後の損傷度合を即時に“見える化”できるシステムを研究している。阪神大震災以降、新築時にセンサを設置する建物が増え始め、近年はIoT技術の進歩とともに、遠隔地からでもリアルタイムで建物の状態を把握きる技術が構造ヘルスモニタリングとして実用化され始めている。しかし、こういったシステムのほとんどが定性的な評価にとどまり、高価な上に新築時の導入を想定しているため、一般への普及に向けたハードルが高い。涌井准教授が目指すのは、低コストかつ高精度なシステムの開発。数年前から、柏崎市内のコミュニティセンターにある体育館で計測を続けている。使用するのは、加速度センサとひずみゲージ、マイコンボードを組み合わせたシンプルな装置。市販されている材料を使い、一つ2万円程度で製作できるという。これを体育館の梁などに設置し、24時間データを収集している。常時微動と呼ばれる、人には感じられないような平常時のわずかな振動を記録し、地震時の揺れと比較する。固有振動数の変化やひずみの程度といった数値を解析すると、構造部材に深刻な損傷が起きていないかを推測することができる。計測したデータはリアルタイムでサーバーに送信されるので、現地から離れた大学の研究室で分析が可能だ。今後の課題は、天井や壁といった非構造部材の影響も考慮して建物の損傷度合を測る手法の確立。設計時には柱・梁などの構造部材のみで倒壊しないよう構造計算するが、実際は非構造部材も建物の強度に関与していると考えられている。非構造部材を含めた数値解析を行えるようにして、損傷評価の精度を高めていくことを目指す。今後は学内にある振動台を使った実験と、実建物での計測を並行して進めていくことを計画している。「体育館のような大きな建築物にセンサを取り付けるのは大変でした。業者さんに足場を組んでもらい、学生たちが頑張ってくれて一日がかりで設置しました。地震の研究では、災害が発生しないと装置の有用性を検証できないという点にもどかしさを感じます。本当は使われないのが一番なのですが、やはり備えは必要です。実用化に向けて努力していきたいと思います」これまでの研究で得られた知見は、神奈川大学の島崎和司教授と白井佑樹助教、東京大学の伊山准教授との共同研究でも活用されている。横浜市にある小学校の体育館にセンサを設置し、耐震補強を行った建物が想定どおりに機能しているか検証を続けている。

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加速度センサで、 屋根積雪の課題にも挑戦

構造ヘルスモニタリングの研究を応用し、雪国ならではの研究にも取り組む。涌井准教授は、「毎年のように大雪で建物が倒壊したり、雪下ろしの際に事故が起きたりしているのを何とかしなければなりません。60~70代の人でも屋根に上って作業をしていて、非常に危険です」と話し、地域の課題を研究で解決しようと意気込む。短時間に急激に積雪量が増えたり、降雪後の雨で密度が増したりして屋根にかかる荷重が限度を超えると、建物が倒壊する危険性が高まる。2014年の大雪では、関東地方でも体育館の屋根が崩壊するなど被害が拡大した。もともと雪の少ない地域で平年以上の雪が降り、のちに雨に変わったことが原因とされた。これをきっかけに、構造計算で用いる積雪荷重を強化するよう建築基準法が改正されている。過去10年間の雪害による死亡者のうち、除雪作業中の事故を原因とするものが7割を超え、その大半が高齢者とのデータも。気候変動や人口減少、高齢化といった現代の社会課題に深くかかわるテーマと言える。研究では、地震による振動の計測と同様に、建物に取り付けたセンサで常時微動を記録し、その固有振動数の違いを積雪前後で比較して屋根雪の重さを推定する。水分を多く含んだ雪だと、見た目の積雪深さだけでは危険性を正しく判断できない。また、これまで経験に頼って雪下ろしのタイミングを計っていたが、正確に雪荷重を推定できれば危険な除雪作業の回数を減らすことができる。先行研究では、気象データを基に屋根雪量を予測する例はあった。涌井准教授の研究では、長岡市の防災科学技術研究所雪氷防災研究センターに設置された木造の建物モデルを利用し、センサから得た数値解析の結果と建物モデルに設置した荷重計の値の両方を得られるため、予測精度の検証が可能になった。現在は柏崎市の体育館のほか、十日町市、小千谷市の住宅などでも計測している。2021年には、NTT東日本と連携して光回線の通信ネットワークを設置し、より効率的にデータを収集できる体制を整えた。電子情報学系の佐藤栄一教授の貢献も大きいという。屋根雪量のデータを公開するウェブサイトの構築や、NTT東日本との実証実験で協力を得た。「私たちが悩んでいることも、専門家の先生に持っていくと一瞬で解決するので非常にありがたく思います。横のつながりが強く、分野が異なる教員にも気軽に相談できるのは新潟工科大学の素晴らしいところです」と涌井准教授。学系という形で四つの専門分野に分けられてはいるが、工学部工学科に全教員が所属しており、縦割りでないのが強みとなっている。教員同士の連携が実用化への最短距離をつなぐ。産学協同を基本理念に掲げる新潟工科大学の真骨頂とも言えるだろう。これから取り組んでいきたいこととして、涌井准教授はソーラーパネルで稼働するセンサーの可能性を探りたいとする。商用電源が不要であれば空き家にも設置でき、自治体の空き家管理が容易になる。「今やっている計測はあくまで研究用のデモンストレーションで、時には途中で停止してしまうセンサーもあります。性能を安定化させ、本格的に社会実装できるところまで到達したいと考えています」センサーの設置・メンテナンスコストといった課題の解決も見据え、実用化に意欲を見せている。

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学生が防災教育向けコンテンツを制作

学生の卒業論文は涌井准教授の研究に関連した内容になることが多いが、希望があれば関心のあるテーマの提案も可能だ。数年前には、防災教育向けコンテンツの制作に取り組んだ学生も。振動台に学校の机や椅子をおいて教室を再現して中越地震の揺れを加え、被害の様子を伝える動画を撮影した。小中学校などの授業に使ってもらえるよう、近く大学が設置する防災関連の研究センターのウェブサイトで公開する計画を立てている。また、防災教育の一環として、大きな地震を経験したことのない小学生に、振動台を使用した地震波体験を行っている。体験することで、防災意識の向上につながって欲しいと考えている。涌井准教授がゼミ配属の際に学生に伝えているのは、卒業までに社会で必要な基本的な能力を身に付けようということ。専門的な知識はもちろん重要だが、社会人としてのスキル、例えば資料や報告書の作り方、プレゼンテーションのやり方といった職種に関わらずすぐに役立つ技能を、研究を通して学んでほしい―。地元の建設会社などに就職していく学生たちに、そうエールを送っている。

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研究室メンバーに聞きました

[ 質問項目 ]

①研究室を選んだ理由
②研究室の特色
③取り組んでいる研究テーマ

  • 奥野 大晟 おくのたいせい(学部4年)

    奥野 大晟 おくのたいせい(学部4年)

    ①建物の構造について学び、地震波を再現できる振動台を用いた研究を行いたいと思ったから。 
    ②静かなところ。何事にも協力し合って取り組めるところ。 
    ③「木造建築物における浸水期間が耐震性に与える影響」

  • 小林 拓海 こばやしたくみ(学部4年)

    小林 拓海 こばやしたくみ(学部4年)

    ①防災教育について研究したいと思ったから。 
    ②話が盛り上がる。在室表を使っていない。 
    ③「人力加振を活用した防災教育プログラムの作成」/体育館を揺らすなどの人力加振を活用し、防災意識の向上を目指す。

  • 宮内 鳴之 みやうち なるゆき (学部4年)

    宮内 鳴之 みやうち なるゆき (学部4年)

    ①木造建物の構造と地震について研究したかったから。 
    ②少人数で皆、協力的で助け合って研究する。実際の建物を対象にして地震を計測し研究できる。 
    ③「木造建物の耐震性と劣化状況の評価」

  • 渡辺 龍 わたなべりゅう(学部4年)

    渡辺 龍 わたなべりゅう(学部4年)

    ①「雪」に関する研究が気になったので選んだ。 
    ②実験の関係上、現地に行くことが多いところ。 
    ③「屋根雪荷重の推定方法」/建物に計測器を設置して、計測データの変化から屋根の雪の重さを推定する。

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